アイスコアの研究

南極氷床で掘削されたアイスコア(氷床コア)は過去の気候変動をタイムカプセルのように保存しています。主に安定同位体比を精密に分析し、そのデータを解析することで過去の気温・気候変動を明らかにする研究に取り組んできました。単なる寒い暖かいといった指標(定性的)よりも、何℃変化したのか(定量的)に推定することを目指しています。

●現在進行中のプロジェクト
〇科研費 新学術領域研究「熱ー水ー物質の巨大リザーバ 全球環境変動を駆動する南大洋・南極氷床」に参加しています⇒HPリンク
〇南極ドームふじ(Dome F)アイスコアコンソーシアムにも参加しています⇒HPリンク
〇北極南東ドームアイスコア(SEコア)は、北海道大学低温科学研究所の研究グループ(飯塚芳徳代表)と共同研究で進めています。現在は、第二期の掘削プロジェクトが進行中です。

 

過去72万年間の南極の気温と二酸化炭素濃度変動の関係

アイスコアから気候変動を読み取る方法は様々ですが、二酸化炭素やメタンなどの気体成分やエアロゾル等の粒子・化学成分は基本的にはそのまま保存されています。しかし、最も基本的な気候変動の指標である「気温」は物質ではないのでそのまま保存されてはいません。

そこで、水の水素・酸素安定同位体比を精密に分析し、そのデータを解析することで過去の気温・気候変動を明らかにする研究に取り組んできました。アイスコアの同位体比から気候変動を正確に読み取るためには、同位体比が変動するメカニズムの理解も必要です。そのため、現在の水蒸気や降水の観測(リンク)も行っています。

南極ドームふじで掘削されたアイスコアの分析による気温復元の高精度化に取り組んでいます。最近の成果は↓。

 

◎過去72万年間の気温・海水温変動を復元し、二酸化炭素濃度との関係を解析した論文(オープンアクセス)⇒(Uemura et al., Nature Communications, 2018)(プレスリリースPDF)。

◎日本語の解説のpdf ⇒(日本アイソトープ協会 Isotope News 2019年4月号)

 

南極ドームふじアイスコアの水の酸素・水素安定同位体比の分析結果から推定した過去72万年間の気温・水温変動 (Uemura et al., 2018)

 

 

 

 南極氷床コアの水素・酸素同位体比(d-excess)による気温復元

水の酸素安定同位体比はアイスコアでは気温の指標として一般的に使われています。しかし、酸素同位体比は実際には南極の気温だけでは無く蒸発時の水温や湿度の影響も受けています。そこで、水素の同位体比も組わせたdeuterium excess (d-excess)という指標を使った研究が行われてきました。d-excessを解析することで、南極の気温に加えて、降雪をもたらした水蒸気が蒸発した海域の水温を推定できます。

この蒸発時の水温復元を行う際には同位体比を予想するモデル計算が必要ですが、これまでの研究では蒸発時の水温が復元できるのかについて整合性のある結果が得られていませんでした。そこで、モデル計算のパラメータ等を厳密に現在の観測とあうように検討したところ、アイスコアの同位体比から復元される海水温の結果が海底堆積物と整合的になりました。(地道な検証でしたが、結局は1つのパラメータだけの影響が大きいことが明確になりました。)

◎アイスコアから海水温変動と南極気温を復元する手法を検討した論文⇒(Uemura et al., Climate of the Past, 2012)

 

この論文(Uemura et al., 2012)では、Appendix として対数定義のd-excessを提案しています(Logarithmic definition of d-excess, dln)。モデル計算の検証をしていて本質的にはd-excessの線形の定義に問題があると思い提案したものです。Appendixでしたが、知らない人からメールで質問がきたり、反響がありました。この指標を命名するときには"ln d" にしようか"d ln"にしようか相当に悩んで、計算過程を正確に表している後者にした思い出があります。最近の南極コアの論文(Markle et al., Nature Geo., 2017)(Buizert et al.,Nature , 2018)では、メインFigure にログ定義のd-excess (dln)が使われています。うれしいような不思議なような感じです。

 

 

 アイスコアのエアロゾル分析

硫酸エアロゾルは、温暖化を抑制する気候フィードバックに関与する物質として注目を集めています。しかし、実際に気候変動が起こった際にどのようなフィードバックが起き、どのような起源からの発生量が変化するのかについては分かってません。そこで、硫酸エアロゾルの硫黄の安定同位体比を用いることで、発生源を推定し、最終氷期から現在の温暖期にかけての大規模な気候変動の際にエアロゾルの発生源がどのように変化したのかを明らかにすることを目指しています。

 

 

 

 

 

●現在の東南極表面雪の硫酸エアロゾルの硫黄同位体比分析による起源推定

硫酸エアロゾルは、直接・間接効果によって気候変動に影響を与えます。その硫黄安定同位体比(δ34S)は、起源と酸化過程で変動するので、、南極アイスコアのδ34S値から、過去数万年スケールの硫酸エアロゾルの変動メカニズムや起源推定が行える可能性があります。しかし、南極におけるδ34Sの研究例は非常に少なく、沿岸から内陸にかけての連続的な測定例はありませんでした。そこで、空気塊の輸送過程における分別効果を検証するために、東南極の広範囲で採取された表面積雪の硫黄同位体比を測定しました。

その結果、δ34S値は沿岸-内陸にかけてほとんど変動していないことが分かりました。この結果、先行研究で予想されていた輸送過程の影響は小さく、硫黄同位体比は起源指標としての有用であることを示しています。また、この結果から海洋生物活動が東南極硫酸塩の主要起源 (84±16%)と見積もられました。

◎東南極の硫酸エアロゾルの硫黄同位体比を解析した論文(オープンアクセス)⇒(Uemura et al., Geophysical Research Letters, 2016)。

 

 北極グリーンランドアイスコア

グリーンランドで掘削された「SEコア」は、降雪量が非常に多い地域で掘削されたユニークなアイスコアです。特徴としてはエアロゾルなどの化学成分がよく保存されていることがあります。

すでに様々な研究が行われていますが、私は水の酸素安定同位体比を使って年代推定をする手法を考案しました。安定同位体比を再現できる気候シミュレーションから過去50年間の同位体比の変動パターンを計算し、その予測値と実測された同位体比のデータを合わせることで高精度の年代決定が可能なことを示しました。

〇季節スケールのアイスコア年代決定 (論文1; Furukawa et al., 2017);過去 60 年間の大気降下物の記録 (論文2; Iizuka et al., 2018)。プレスリリースPDF

 

北海道大低温科学研究所の研究グループ(飯塚芳徳代表)と共同研究で進めています。現在は、第二期の掘削プロジェクトが進行中です。